マナーのプロ

1895 Henley Royal Regatta

昨日の記事を書いてから、この話広がらないかなと思って一晩家飲みしたのですが、考えれば考えるほど面白い話だと思った次第です。

日本で一般的にプロ・アマ問題というと野球の話だと思う人が多いのかもしれませんが、スポーツ全般におけるプロ・アマ問題というものは、スポーツの主体に関する問題です。

ローズ・クリケット場のような大規模な常設専用競技場が登場したのもこの時期の特徴であろう。もっとも、大部分のスポーツはいまだ共有の空き地や公道で行なわれていたし、観客は文字どおり「見物人」で、入場料が徴収されることはほとんどなかった。

すでにプロ選手もいた。19世紀末に登場し、現代へと繋がるプロとは違い、彼らはジェントルマンの遊び=スポーツのために働く使用人[サーヴァント]の一種であった。実際、19世紀初め頃までのクリケットのプロ選手の中には、ジェントルマンの屋敷の庭師や猟場番を務める者がいたし、ボクサーの中には貴族のボディガードを兼ねる者もいた。クリケットでは、彼らはプレーヤーと呼ばれ、ボクシングではピュジリスト、競馬の騎手はジョッキー、狩猟ではハンツマンなど、それぞれが個別の名称で呼ばれた。逆に、彼らを雇うジェントルマンたちは、どのようなスポーツを行なう場合でもスポーツマンまたはジェントルマンの名で呼ばれ、またそれを自称した。同じスポーツに関わっていても、ジェントルマンにとってのそれは娯楽であり、プロにとってのそれは労働だったのである。

スポーツの世界史 坂上康博, 中房敏朗, 石井昌幸, 高嶋航 編著 一色出版, 2018.9

ちゃんと定義すると記事が長くなりますが、簡単にいえば、アマチュアリズムにおいて、主体はアマチュア(ブルジョワジー=ジェントリー)であり、金銭を得て働くプロは労働者(プロレタリアート)に過ぎないわけです。

自分に慣れ親しんだスポーツ業界におけるこの関係が、そのままマナーの業界にも当てはまることに少し驚き、もう少し深く勉強してみようと思いました。

例えば、学術研究においてはそんな訳はなく、プロの研究者が研究した結果を、プロの教育者が一般化していき、最終的にはアマチュアである学生に教育がされます。プロの研究者が主体であるのは間違いありません。相対性理論を書きかげたアインシュタインが一番偉いのです。

しかし、マナーの(ここでは食事のマナーを前提に)プロは何も生み出さず、逆にアマチュア(貴族や資本家)が生み出したマナー文化を無批判に受け入れ、それを次の世代の無知なアマチュアに再生産をしていくわけですが、プロなのに労働者に過ぎす、自身が主体になることがないという点では、スポーツのプロ・アマ問題と同じ構図にあるように思うのです。マナーのプロとして生徒にグランメゾンでの貴族の晩餐会での立ち振舞を無知な生徒に教えることをしても、自身がその場に主体的に参加することは一生ないでしょう。

スポーツの世界ではもうアマプロ問題はありません。オリンピックでは74年にアマチュア規定が削除され、多くのプロ選手がスポーツで活躍しています。対して、マナーの世界でプロがアマを超えて活躍する日が来るとは…ないでしょう。面白い。

次回7日に国立国会図書館に行く予定なので、それまでに収集する資料のリストアップをしましょう。

革命的マナー

平日になったので来宮神社に初詣に
アリがてぇー
猿回し的な??
冬の海は寒くて空気が安定しているので、遠くがきれいに見えますね。
伊豆山の土砂を流用した埋め立てできつつありますね。
期間限定美味しかったです、ソースが絶妙にあってます、正月なので贅沢しました

本日の読書はこちら。作者は頭悪いのに賢いふりしている感じの人でしたが、引用していた一文は考えさせられるものでした。 (共産党幹部の高級レストランでのマナーの悪さを観察して)

階級の差を撤廃することは可能だが、奇妙なことに、食卓では依然として階級の差が歴然と存在する 

パトリック・マッギネス「最後の百日」

マナー教師、教室なるものをだいぶ馬鹿にしてきましたが、その活動が階級闘争であるとするのなら、評価を改める必要があるかもしれません。ブルジョワジーのマナーをプロレタリアートが努力して身につけることは前衛的革命活動である可能性があります。バカにしてすみません。

40歳への目標を

熱海で暮らして半年、6月からは東京の家に泊まることもなくなり、移住という目標は達成できたのではないかと思います。11月までには東京の家の光熱費の請求も終わるので、来年の1月を目処に次の目標はリアル13万円生活を目指しています。節約するというのもちょっと楽しくなってきました。

家の売却額が決まり(詳細は別の記事にします)、会社の無借金にするための資金と今の家の修繕費を差し引いて、400万円ほど手元に残る計算。これを次の目標、大学院の学費にすることにしました。国立しか無理だと思ってましたが、私立でも行ける計算だが、まぁ、通い慣れた筑波大に戻るかな。

いつか行きたいと想い続けて10年くらいでしようか。専門的にアーチェリーを研究したいと。ということで大学の研究科に連絡をとり、受験に向けての準備に何が必要か聞いてきました。青の部分はできているが、受験までに赤の部分までを完成させる必要があるとのこと。もっと具体的に言えば、先行研究を読み込んで、「したいこと」と「できること」を整理して、研究計画書を書くことを必要とのことでした…しかし、論文は全部ネットで読めるわけではなく、国立国会図書にまた通うことになりそうです…東京にいる時にやっておけばよかった。

今から準備して、2023/7、2024/7のどちらで受験しようかなと思っています。目標がないとだらだら生きてしまうので、新しい目標を設定して頑張ります!

暇と退屈の倫理学 ものすごい伏線回収

まぁまぁ、長い本でした。508ページ。船旅の途中で読み終えました。なにか一つの理論ではないなと途中で思ったのですが、あとがきで、いくつかの大学での講義がもとになっていると聞き継ぎ接ぎ感に納得。

最後の最後まで読み批判的な感想を書こうとしたのですが、最後の最後で(著者ではない方による)伏線の回収があり、なんとも言えない感情です。

贅沢とは、人間とは、から入っていき、ハイデガーの退屈から本筋を攻めていくのですが、彼のいう退屈の第二形式が理解できない。

「楽しいパーティだった、しかし、帰宅すると、私は気がつく。私は今晩、この招待に際し、本当は退屈していたのだ、と。」

…何を言っているのか全くわからないです。となると、もうここからの話は理解はできないのですが、一応、理論だっているので最後まで読み進めるはしました。はぁ、時間を無駄にした(退屈ではなかった)と思ったのですが、508ページ中の505ページの小さな注で、まさかの伏線が回収されるのだ。

注13 そのような家庭環境にいる場合、子供は常に緊急事態を生きている。子供は想像を絶するサリエンシー(saliency)に晒されながら、やがて落ち着いた時間そのものに耐えられなくなってしまう。痛む記憶ばかりが頭を占めていて、それがすぐ現れるからである。ハイデガーの退屈の第二形式を生きられるようになることが回復なのだと語った。「なんとなく暇で、なんとなく寂しいけど、こんなもんかな…」と思えることが回復である。

  • 「その後の不自由 ー 嵐のあとを生きる人たち」 上岡陽江 + 大嶋栄子

とまさかの、人の本の引用で、第二形式を理解できない自分の疑問を回収するとは…陸に戻ったら、その本を探してみます。次の課題ができたので900円の価値はありましたね。

よくよく考えれば航路なのだから当然ですが、福島原発を直接目にする日が来るとは。。

貧乏旅 大阪へ

青春18切符で大阪へ。7:26の電車に乗り、7時間で、15:30頃に到着。長かったが、ほぼ始発の電車だったので、全行程で座れて特に困難なポイントはなく。

途中、大垣駅で乗り換えが25分あったので降りて、名物、水まんじゆう

金蝶園総本家 大垣駅前本店

まさかの並ぶほどの人気
大阪駅から徒歩で梅田芸術劇場へ。本日のメイン、雪組公演。
ホテルはなん3000円未満!
頼んだものほぼなかった串カツ屋にw 味は美味しい

串乃助

からの近所のシガーバーへ

スーペル ノーバ 淀屋橋店

からの老舗のオーラをまとうバーに
まさかのニッカがされた設立された場所でした。

The Court

両方のバーともに喫煙可でしたが、近年の喫煙と禁煙を厳密に分ける流れはいいと思います。面倒な客にあわなくなりました。

倒れている人が…まぁ、暖かいから大丈夫でしょう
以上の理由により、冬の筑波では酔っ払いは放置しない伝統があります
翌日の予定は白紙に…
帰りもほぼ始発でゆったり
名古屋で降りて、名古屋にしかないチョコ屋さん

ミッシェル・ブランJR名古屋高島屋

往復15時間、持っていった2冊とも読破しました。電車代往復5000円、宿泊3000円で、食事代は…まぁ、いいとして、8000円の楽しい貧乏旅でした。

年収200万円生活も悪くないと思うけどな。では。