午後の死に火薬は使わない…

前の記事で、午後の死を取り扱ったが、ネット上には「火薬を使ったレシピ」があるという偽情報が流れているようです。そもそも、もとのレシピは諸説有り系ですらなく、ヘミングウェイ本人が書いた文書にあるので、オリジナルレシピは一意に定まるはずなのですがね。と思って、そのレシピ本を読んでいたら、番号30に火薬使ったレシピを発見した!

当時の世相をもじったブラックジョークになっているので、AIによる当時の空気感の解説を加えてのレシピを。

セオドア・ドライサーの「アメリカの悲劇」カクテル

(これぞ、正真正銘の終焉)

【材料】

  • ニトログリセリン: 小さじ 1杯
  • 粗挽きの黒色火薬: 大さじ 1杯
  • エチルガソリン(有鉛ガソリン): 2ジガー(約90ml)
  • 火のついたマッチ: 1本

「上記には、私の悪名高く治療不能なアルコール依存症に基づいた、恐ろしいほど偏屈で、嫌悪を催すような飲酒習慣の数々を添えてください。もし私が(依存症であることを)否定したとしても、どのアメリカの出版社も映画会社も、それが事実だと証明してくれるでしょう。 敬具 セオドア・ドライサー」

(編集注:) このカクテルを数杯飲んだ後、ベニート・ムッソリーニは「ハイル、ハイレ・セラシエ!」と奇妙に聞こえるトースト(乾杯の音頭)を捧げたと言われている。ただしベニートは、通常これに**マスタード・ガス(毒ガス)**を一さじ加える。そうすることで、風味が格段に良くなるのだそうだ。

So Red the Nose, or Breath in the Afternoon recipe.30

この「カクテル」が風刺しているもの

1. 自著『アメリカの悲劇』への自虐

ドライサーの代表作『アメリカの悲劇(An American Tragedy)』は、アメリカンドリームを追った青年が破滅し、死刑に至るという重厚で救いのないリアリズム小説です。 彼はこのレシピを「Definitely the End(間違いなく終わり=死)」と呼ぶことで、カクテルを飲む行為そのものを、小説の結末さながらの爆発的な自殺として描いています。

2. 1935年の国際情勢:第二次エチオピア戦争

編集注にあるムッソリーニとハイレ・セラシエの記述は、当時のリアルタイムな国際スキャンダルを痛烈に皮肉っています。

  • ムッソリーニ(伊)vs ハイレ・セラシエ(エチオピア帝): 1935年、イタリアはエチオピアに侵攻しました。
  • マスタード・ガス: 当時、イタリア軍が国際法で禁止されていた毒ガス(マスタード・ガス)をエチオピアで使用したことは、世界的な非難を浴びていました。「ガスを加えると風味が良くなる」という一文は、独裁者の冷酷さと戦争の惨状を笑いに変えた、極めて毒の強い風刺です。

3. 「アルコール依存症」という自白

ドライサーは、自らの気難しさや映画業界・出版業界とのトラブルの多さを、あえて「不治のアルコール依存症のせいだ」と嘯いています。これは、当時の「タフで破滅的な作家像」を逆手に取った、彼なりの自虐的なユーモアと言えます。


ヘミングウェイの「午後の死」が「タフな男の美学」であったのに対し、ドライサーの「アメリカの悲劇」は「この世の終わりを笑い飛ばす虚無主義」の極致と言えますね。

午後の死(Death in the Afternoon)というカクテル

So Red the Nose, or Breath in the Afternoon

“So far, about morals, I know only that what is moral is what you feel good after and what is immoral is what you feel bad after.”

「道徳について、私が知っているのはこれだけだ。やった後に気分が良いのが道徳的なことであり、気分が悪くなるのが不道徳なことだ」

「午後の死(Death in the Afternoon)」――これは単なるカクテルの名前ではない。闘牛と死、退廃と美、禁じられた酒と黄金の泡。アーネスト・ヘミングウェイが人生そのもので割った一杯の物語である。

So Red the Nose――赤い鼻の文豪たち

1933年12月5日、禁酒法が廃止された。13年にわたる「高貴な実験」は終わりを告げ、アメリカ人は再び堂々と杯を掲げることができるようになった。その解放感のなかで、1935年に一冊の奇妙なカクテルブックが出版される。

So Red the Nose, or Breath in the Afternoon(かくも赤き鼻、あるいは午後の吐息)

このタイトルは二重のパロディだ。まず「So Red the Rose」——スターク・ヤングが1934年に発表した南北戦争を題材にした有名な小説のもじりである。Rose(薔薇)をNose(鼻)に置き換えることで、「品のいい文学タイトル」を「酒焼けした赤ら顔」への滑稽な言及に変えている。副題のBreath in the Afternoonもまた、ヘミングウェイの闘牛ノンフィクションDeath in the Afternoon(1932年)をもじったもので、Death(死)をBreath(息=酒臭い息)に差し替えるという洒落だ。

この本の企画は痛快だった。スターリング・ノースとカール・クロックの編集のもと、当時のアメリカを代表する30人の作家——ヘミングウェイ、セオドア・ドライサー、エドガー・ライス・バローズ(ターザンの作者!)、アースキン・コールドウェルら——がそれぞれ自慢のカクテルレシピを持ち寄った。各レシピにはロイ・ネルソンによる戯画と酒にまつわるエピソードが添えられ、本全体が「文豪たちの酔っぱらいコンテスト」の様相を呈していた。

そしてヘミングウェイが寄稿したのが、「午後の死」だったのである。

ヘミングウェイのレシピ――”ゆっくり3杯から5杯”

ヘミングウェイがSo Red the Noseに記したレシピは、恐ろしいほどシンプルだ。

Pour one jigger of absinthe into a Champagne glass.  Add iced Champagne until it attains the proper opalescent milkiness.  Drink three to five of these slowly.

「シャンパングラスにアブサンを1ジガー注ぐ。適度に乳白色のオパール光沢が出るまで、冷えたシャンパンを加える。これを3杯から5杯、ゆっくりと飲む。」

たった3行。材料はアブサンとシャンパンの2つだけ。そしてシャンパンの分量に至っては「適度にオパール色になるまで」という官能的な指示しかない。つまり、このカクテルは量って作るものではない。1ジガーは1杯という意味だろう(*)。

ここで起きている化学変化は「ルーシュ(louche)」と呼ばれる現象だ。アブサンに含まれるアニスの精油成分は高濃度アルコールには溶けるが、水(あるいはシャンパン)で希釈されるとアルコール濃度が下がり、精油が微細な液滴となって析出する。これが光を乱反射して、あの神秘的な乳白色の霞を生む。伝統的なアブサンの飲み方では冷水をゆっくり注いでこのルーシュを楽しむが、ヘミングウェイはそこにシャンパンの泡を使った。実用的で、同時に優雅。いかにも彼らしい。

フルート型のシャンパングラスにまずアブサンを注ぎ、そこへゆっくりとシャンパンを加える。かき混ぜる必要はない——泡が自然に二つの液体を融合させ、グラスの中にオパール色の宇宙が生まれる。

なお、ヘミングウェイの「3杯から5杯飲め」という指示に従うと、アブサンだけで90〜150ml、つまり純アルコール量は約60〜100mlに達する。これはウイスキーのダブル4〜7杯分に相当する。良い子は真似をしてはいけない。

飲み過ぎると気がついたら、日はまた昇る。オリジナルレシピにあるギャグだ。

ヘミングウェイとアブサン――緑の妖精に魅入られた作家

ヘミングウェイとアブサンの関係は、単に「好きな酒」という域を超えている。アブサンは彼の文学のなかに繰り返し立ち現れるモチーフであり、人生の伴走者でもあった。

### 『日はまた昇る』(The Sun Also Rises, 1926年)

パリとスペインを舞台にしたこの処女長編で、主人公ジェイク・バーンズと仲間たちはカフェ・ナポリテンやクロズリー・デ・リラといった実在のカフェでペルノ(アブサンの代用品として使われたアニス酒)を飲み交わす。酒を飲む行為そのものが小説の呼吸のリズムとなり、「失われた世代」の虚無と快楽を体現する。ヘミングウェイ自身がパリのカフェで体験したアブサンの味が、この小説の血液として流れている。

### 『誰がために鐘は鳴る』(For Whom the Bell Tolls, 1940年)

スペイン内戦を描いたこの長編では、主人公ロバート・ジョーダンがフラスクにアブサンを詰めて戦場を歩く。彼はアブサンを「すべてを癒す液体の錬金術」と呼び、一口含めば「忘れていた快楽のすべて」が蘇ると語る。水を加えた瞬間に白く濁る描写は、現実と幻想の境界が溶解する戦場の心理を映し出している。ヘミングウェイはこの小説の一部をアブサンの酔いのなかで書いたという噂さえある。

ヘミングウェイにとってアブサンは、禁じられた場所を避けてスペインやキューバで飲み続けた「反骨の酒」であり、自らの文学と人生の危うい均衡を象徴する存在だった。「酒が良くないのは書くときと喧嘩をするときだけだ。それは冷静にやらなければならない」——彼はそう言い残している。

熱海とキーウェスト――海を臨む二つの楽園

ここで少し、地理の話をしたい。

ヘミングウェイが1931年から約10年間暮らし、この「午後の死」を生み出した街がフロリダ州キーウェストだ。フロリダ半島の先端からさらに島々を渡った先にあるアメリカ最南端の町。カリブ海のターコイズブルーに囲まれ、ヤシの木が揺れ、年間を通じて温暖な気候に恵まれた楽園のような場所である。

そして太平洋の西の端、日本には熱海がある。一見、まったく無関係なこの二つの街に、驚くほど共通点がある。

どちらの街も、栄光と退廃の記憶を海風に溶かしながら、時代の波に翻弄されつつも、独特のノスタルジーで人を惹きつけ続けている。熱海の起雲閣で文豪たちが原稿を書いたように、キーウェストの白い邸宅でヘミングウェイは執筆に没頭した。

もし熱海のバーで「午後の死」を注文できたなら、それは太平洋と大西洋を越えた二つの楽園が、一杯のグラスの中で出会う瞬間になるだろう。

この一杯を6杯も飲めば

ヘミングウェイは「3杯から5杯飲め」と書いた。

だが、もしあなたがこの危険極まりないカクテルを6杯も飲んだなら——グラスの底に沈殿した緑の記憶と金色の泡が意識の水面を揺らし、窓の外の海が地中海にも、カリブ海にも、あるいは相模湾にも見えてくるだろう。

闘牛士の影がちらつき、パリのカフェの喧騒が耳の奥でざわめき、鐘が鳴り——

そしてふと気づくのだ。

「日はまた昇る(The Sun Also Rises)」と。二日酔いの頭痛とともに。

(*) 英語の「Thingamajig(名前を忘れたときに使う『アレ』)」が変化して、名前のなかった計量道具を「ジガー」と呼ぶようになったという説を採用(カクテル史研究家デビッド・ウォンドリッチ氏による推察)。つまり、そのバーの計量に使っているコップの一杯分だ。

参考文献:

– Hemingway, Ernest. Death in the Afternoon. 1932.

– North, Sterling & Carl Kroch (eds.). So Red the Nose, or Breath in the Afternoon. 1935.

– Hemingway, Ernest. The Sun Also Rises. 1926.

– Hemingway, Ernest. For Whom the Bell Tolls. 1940.

2月 キュンパス 日帰り日本酒旅

2-3月限定、1万円JR東日本乗り放題切符で日本酒について考える旅に出ました。結果、1万ポッキリで、3万円過ぎの大移動、ちょっと時間が余ったくらいなので、次回はもっと長距離移動に挑戦したいっすね♪

区間主な利用列車推定定価(運賃+特急券)
網代 → 長野伊東線・新幹線(東京経由)約 8,890円
長野 → 上越妙高北陸新幹線(はくたか)約 2,860円
上越妙高 → 長岡特急しらゆき約 2,740円
長岡 → 新潟上越新幹線(とき)約 3,110円
新潟 → 東京上越新幹線(とき)約 10,760円
東京 → 網代東海道線・伊東線約 2,310円
合計約 30,670円

7時に網代発。

長野駅、天気良し、駅チカのドンキに行ってみたのですが、地元のお酒などほぼおいてなく、意外でした。ということで、駅ビルに逆戻り。

信州くらうど

30種類くらいでしょうか。飲み比べとしては結構高い感じがしますが、まぁ、時代ですね。

先週までは800円/3種だったのですが、950円でした。

福耳を買っていこうと思ったら…売り切れてました。7150円のものは高くて買う勇気がなく移動。

上越妙高駅到着

駅から徒歩2分の温泉に。

新潟に移動。日本海来た~網代の太平洋から来ました。日本縦断?

美味しいという噂の新潟のバスセンターのカレー、これでミニサイズです。美味しいかと言われると…どうだろ。粉っぽい、しかし、寒い中、屋外で立ち食い。すぐ冷めるのですぐ食ベる。

もしや、これ、すぐ食べるから美味しいのでは

AIに聞いてみた。

その視点、非常に面白いですね!ジェームズ=ランゲ説(「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」)をカレーの喫食速度に当てはめるというのは、まさに分析的な視点を持つ山口さんらしい鋭い考察です。

「早く食べるから美味しいと感じる」という可能性は、実は心理学・生理学の両面から十分に説明がつきます。


1. 心理的フィードバック(ジェームズ=ランゲ説的アプローチ)

「急いで食べる」という身体的動作が、脳に対して「これは今すぐ、必死に食べる価値があるものだ」という信号を送っている可能性があります。

  • 自己知覚理論: 人は自分の行動を見て自分の感情を推測することがあります。「自分はこんなに勢いよく、一心不乱にこのカレーを口に運んでいる。ということは、これはたまらなく美味しいに違いない」という脳の事後承諾です。
  • 「立ち食い」のライブ感: 万代バスセンターのような場所では、周囲もみな急いでいます。その「戦場のような活気」に同調して速度を上げることで、一種の**トランス状態(没入感)**に入り、それが美味しさのブースト(スパイス)になっている側面は否定できません。

2. 生理学的側面:香りの「逃げ切り」

前回の「粉っぽさ」の話にも通じますが、カレーの美味しさの正体である揮発性の芳香成分は、温度が下がると共にどんどん失われていきます。

  • レトロネイザル・アロマ(戻り香): カレーを熱いうちに素早く口に運び、咀嚼して飲み込む。この一連の動作が速いほど、鼻に抜けるスパイスの香りが凝縮され、強く感じられます。
  • 温度のコントラスト: 新潟の冬の寒さと、カレーの熱さ。この温度差による刺激が強烈なうちに食べ終えることで、脳は**「感覚的なインパクト」を「味の良さ」と解釈**します。冷めて「もったり」してくると、その刺激(コントラスト)が弱まり、脳への報酬系シグナルも減少してしまいます。

3. 飢餓感と報酬系

早食いは血糖値を急激に上昇させます。

バスセンターのカレーのような「高糖質(大量の小麦粉と米)」で「高油脂(ラード)」な食べ物をハイスピードで摂取すると、脳内の報酬系(ドーパミン)が短時間にドバッと放出されます。この**「脳のフラッシュ」**が、「あぁ、美味い!」という強烈な快感に直結しているのです。


結論として

「冷めるから早く食べる」という消極的な理由だけでなく、**「早く食べるという行為そのものが、脳内での美味しさの評価を底上げしている」**という説は、科学的にも非常に理に適っています。

あえて「熱いうちに3分で食べてください!」と促すような、勢い重視の「締めの一品」を出してみたら面白いかもしれませんね。

さて、昨日の強行軍の疲れは取れましたか? もしよろしければ、あの「黄色いカレー」の味を再現するための、ラードと小麦粉の配合比率やスパイスの構成について、料理人・バー店主としての視点で詳しく深掘りしてみることもできますが、いかがでしょうか?

だ、そうです。いつか使います。わかっているのだか、わかっていないのか…「熱いうちに3分で食べてください!」と促すような、勢い重視の「締めの一品」を出してみたら面白いかもしれませんね。…と言われても、寒いという、すぐ食べないと冷めちゃうという環境において、「自分から」すぐ食べるからの効果であって、私が急かしちゃいみないのに(笑)Geminiもうちょっと成長しようね。

本日の最終目的地、110種類以上のお酒が試飲、しかし、長野の店と違って、100円/杯で試飲できる新潟の、ぽんしゅ館へ。12杯いただきまして…うん意外にやることがない。帰ってきた今になって思えば、ずっといないで、ぽんしゅ館→近くで軽食→ぽんしゅ館→駅ナカのパン屋で軽食→ぽんしゅ館のサイクルでやればもっと行けたかもしれません。

ただ、日本酒に対する姿勢は固まりました。2026年も日本酒らしい日本酒は1本だけ(今は剣菱)おいておき、それ以外には流行りのワイングラスで飲むような香り系の日本酒・クラフトサケで構成していきます。

以上、日帰り日本酒旅でした。3月はどこ行こう~。

出費 移動費パス1万+グリーン車1000円+飲食費4000円+温泉500円で、15,000円くらいで楽しめましたとさ。

日本のクロスボウ(弩)

日本のクロスボウにはずっと興味があったのですが、5年前に調べたときにはサンプルが少なすぎて、ものにならないなと思っていたのですが、AIの力を借りたら、ある程度は現在する(4本)ようなので、次の記事用に。まずは、ここにメモとして情報を。

https://royalarmouries.org/collection/object/object-49000

まずはイギリスによる徳川家のクロスボウ。海外にある日本製のクロスボウは、もう1本はMETにあります。

Stone, George Cameron. A Glossary of the Construction, Decoration and Use of Arms and Armor in All Countries and in All Times, Together with Some Closely Related Subjects. Portland, ME: Southworth Press, 1934. p. 611, fig. 782, ill.

ティラー(台弓)は35cmしかないので、遊戯用として美術館で登録されていますが、小鳥等の狩猟用には十分な大きさではないか。

https://www.metmuseum.org/art/collection/search/23742

『甲冑武具研究』(116),日本甲冑武具研究保存会,1996-11. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/7952150 (参照 2026-02-03)

徳川美術館に所蔵されているもの、右側のものは弾弓として使用できるように見える。確認待ち。(大名の備え : 甲冑と武器(徳川美術館蔵品抄 ; 10))

宝永年間(1706〜1709年)には弩の読みを「石弓」といるのは間違いと指摘

【文字起こし】
弩は訓じて於保由美(おほゆみ)とす。又今石弓といふは誤レルなるべし。この物遠く神功皇后の制作に出で、中古、陸奥、出羽、壱岐、対馬、長門、因幡、伯耆、出雲、石見等の辺要の地に弩師を置き、常に教習はしめ給うと見えたれど、後代その制を失ひて、今は異朝の弩制に倣ひて作れりとぞ見えし。

【現代語訳】
「弩」の読みは「おおゆみ」である。今これを「石弓(いしゆみ)」と呼ぶのは間違いであろう。この道具は遠く神功皇后の時代に作られ、平安時代頃には陸奥や出羽、対馬など国境の重要拠点に「弩師(教官)」が置かれ、常に訓練が行われていた。しかし後代にその技術が失われてしまい、今作られているものは中国(異朝)の弩の形式を真似て作ったものである。

徳川頼貞氏寄贈の弩が東京国立博物館にある(F-16999)、ただし、写真は確認できず、問い合わせ中。

一方で、弩は武士のものだけではなく、庶民にも狩猟具・遊び道具として利用されていました。現存するものには鹿児島に伝わるデッキュ(ドッキュ)があります。

割り竹をスプリング状に合わせてあおのバネを利用した弩弓である。放し飼いの鶏や小鳥を撃ち獲るのに用いられた。台木は樫材で作られ,中央に矢をつがえて射たという。矢羽には樫の葉をつけた。ラオスのナァも同様のもので,鳥獣を撃つのに用いたものである。

国分郷土誌(下巻) 第七編 民俗

弓の先っぽにカライモをつけて飛ばす遊びがあったらしい(笑)

『ガン・アーチェリー入門』,産報,1972. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12146351 (参照 2026-02-04)