So Red the Nose, or Breath in the Afternoon
“So far, about morals, I know only that what is moral is what you feel good after and what is immoral is what you feel bad after.”
「道徳について、私が知っているのはこれだけだ。やった後に気分が良いのが道徳的なことであり、気分が悪くなるのが不道徳なことだ」
「午後の死(Death in the Afternoon)」――これは単なるカクテルの名前ではない。闘牛と死、退廃と美、禁じられた酒と黄金の泡。アーネスト・ヘミングウェイが人生そのもので割った一杯の物語である。
So Red the Nose――赤い鼻の文豪たち
1933年12月5日、禁酒法が廃止された。13年にわたる「高貴な実験」は終わりを告げ、アメリカ人は再び堂々と杯を掲げることができるようになった。その解放感のなかで、1935年に一冊の奇妙なカクテルブックが出版される。
So Red the Nose, or Breath in the Afternoon(かくも赤き鼻、あるいは午後の吐息)
このタイトルは二重のパロディだ。まず「So Red the Rose」——スターク・ヤングが1934年に発表した南北戦争を題材にした有名な小説のもじりである。Rose(薔薇)をNose(鼻)に置き換えることで、「品のいい文学タイトル」を「酒焼けした赤ら顔」への滑稽な言及に変えている。副題のBreath in the Afternoonもまた、ヘミングウェイの闘牛ノンフィクションDeath in the Afternoon(1932年)をもじったもので、Death(死)をBreath(息=酒臭い息)に差し替えるという洒落だ。
この本の企画は痛快だった。スターリング・ノースとカール・クロックの編集のもと、当時のアメリカを代表する30人の作家——ヘミングウェイ、セオドア・ドライサー、エドガー・ライス・バローズ(ターザンの作者!)、アースキン・コールドウェルら——がそれぞれ自慢のカクテルレシピを持ち寄った。各レシピにはロイ・ネルソンによる戯画と酒にまつわるエピソードが添えられ、本全体が「文豪たちの酔っぱらいコンテスト」の様相を呈していた。
そしてヘミングウェイが寄稿したのが、「午後の死」だったのである。
ヘミングウェイのレシピ――”ゆっくり3杯から5杯”
ヘミングウェイがSo Red the Noseに記したレシピは、恐ろしいほどシンプルだ。
Pour one jigger of absinthe into a Champagne glass. Add iced Champagne until it attains the proper opalescent milkiness. Drink three to five of these slowly.
「シャンパングラスにアブサンを1ジガー注ぐ。適度に乳白色のオパール光沢が出るまで、冷えたシャンパンを加える。これを3杯から5杯、ゆっくりと飲む。」
たった3行。材料はアブサンとシャンパンの2つだけ。そしてシャンパンの分量に至っては「適度にオパール色になるまで」という官能的な指示しかない。つまり、このカクテルは量って作るものではない。1ジガーは1杯という意味だろう(*)。
ここで起きている化学変化は「ルーシュ(louche)」と呼ばれる現象だ。アブサンに含まれるアニスの精油成分は高濃度アルコールには溶けるが、水(あるいはシャンパン)で希釈されるとアルコール濃度が下がり、精油が微細な液滴となって析出する。これが光を乱反射して、あの神秘的な乳白色の霞を生む。伝統的なアブサンの飲み方では冷水をゆっくり注いでこのルーシュを楽しむが、ヘミングウェイはそこにシャンパンの泡を使った。実用的で、同時に優雅。いかにも彼らしい。
フルート型のシャンパングラスにまずアブサンを注ぎ、そこへゆっくりとシャンパンを加える。かき混ぜる必要はない——泡が自然に二つの液体を融合させ、グラスの中にオパール色の宇宙が生まれる。
なお、ヘミングウェイの「3杯から5杯飲め」という指示に従うと、アブサンだけで90〜150ml、つまり純アルコール量は約60〜100mlに達する。これはウイスキーのダブル4〜7杯分に相当する。良い子は真似をしてはいけない。
飲み過ぎると気がついたら、日はまた昇る 。オリジナルレシピにあるギャグだ。
ヘミングウェイとアブサン――緑の妖精に魅入られた作家
ヘミングウェイとアブサンの関係は、単に「好きな酒」という域を超えている。アブサンは彼の文学のなかに繰り返し立ち現れるモチーフであり、人生の伴走者でもあった。
### 『日はまた昇る』(The Sun Also Rises, 1926年)
パリとスペインを舞台にしたこの処女長編で、主人公ジェイク・バーンズと仲間たちはカフェ・ナポリテンやクロズリー・デ・リラといった実在のカフェでペルノ(アブサンの代用品として使われたアニス酒)を飲み交わす。酒を飲む行為そのものが小説の呼吸のリズムとなり、「失われた世代」の虚無と快楽を体現する。ヘミングウェイ自身がパリのカフェで体験したアブサンの味が、この小説の血液として流れている。
### 『誰がために鐘は鳴る』(For Whom the Bell Tolls, 1940年)
スペイン内戦を描いたこの長編では、主人公ロバート・ジョーダンがフラスクにアブサンを詰めて戦場を歩く。彼はアブサンを「すべてを癒す液体の錬金術」と呼び、一口含めば「忘れていた快楽のすべて」が蘇ると語る。水を加えた瞬間に白く濁る描写は、現実と幻想の境界が溶解する戦場の心理を映し出している。ヘミングウェイはこの小説の一部をアブサンの酔いのなかで書いたという噂さえある。
ヘミングウェイにとってアブサンは、禁じられた場所を避けてスペインやキューバで飲み続けた「反骨の酒」であり、自らの文学と人生の危うい均衡を象徴する存在だった。「酒が良くないのは書くときと喧嘩をするときだけだ。それは冷静にやらなければならない」——彼はそう言い残している。
熱海とキーウェスト――海を臨む二つの楽園
ここで少し、地理の話をしたい。
ヘミングウェイが1931年から約10年間暮らし、この「午後の死」を生み出した街がフロリダ州キーウェストだ。フロリダ半島の先端からさらに島々を渡った先にあるアメリカ最南端の町。カリブ海のターコイズブルーに囲まれ、ヤシの木が揺れ、年間を通じて温暖な気候に恵まれた楽園のような場所である。
そして太平洋の西の端、日本には熱海がある。一見、まったく無関係なこの二つの街に、驚くほど共通点がある。
どちらの街も、栄光と退廃の記憶を海風に溶かしながら、時代の波に翻弄されつつも、独特のノスタルジーで人を惹きつけ続けている。熱海の起雲閣で文豪たちが原稿を書いたように、キーウェストの白い邸宅でヘミングウェイは執筆に没頭した。
もし熱海のバーで「午後の死」を注文できたなら、それは太平洋と大西洋を越えた二つの楽園が、一杯のグラスの中で出会う瞬間になるだろう。
この一杯を6杯も飲めば
ヘミングウェイは「3杯から5杯飲め」と書いた。
だが、もしあなたがこの危険極まりないカクテルを6杯も飲んだなら——グラスの底に沈殿した緑の記憶と金色の泡が意識の水面を揺らし、窓の外の海が地中海にも、カリブ海にも、あるいは相模湾にも見えてくるだろう。
闘牛士の影がちらつき、パリのカフェの喧騒が耳の奥でざわめき、鐘が鳴り——
そしてふと気づくのだ。
「日はまた昇る(The Sun Also Rises)」と。二日酔いの頭痛とともに。
(*) 英語の「Thingamajig(名前を忘れたときに使う『アレ』)」が変化して、名前のなかった計量道具を「ジガー」と呼ぶようになったという説を採用(カクテル史研究家デビッド・ウォンドリッチ氏による推察)。つまり、そのバーの計量に使っているコップの一杯分だ。
参考文献:
– Hemingway, Ernest. Death in the Afternoon. 1932.
– North, Sterling & Carl Kroch (eds.). So Red the Nose, or Breath in the Afternoon. 1935.
– Hemingway, Ernest. The Sun Also Rises. 1926.
– Hemingway, Ernest. For Whom the Bell Tolls. 1940.