
日本のクロスボウにはずっと興味があったのですが、5年前に調べたときにはサンプルが少なすぎて、ものにならないなと思っていたのですが、AIの力を借りたら、ある程度は現在する(4本)ようなので、次の記事用に。まずは、ここにメモとして情報を。

まずはイギリスによる徳川家のクロスボウ。海外にある日本製のクロスボウは、もう1本はMETにあります。

ティラー(台弓)は35cmしかないので、遊戯用として美術館で登録されていますが、小鳥等の狩猟用には十分な大きさではないか。
https://www.metmuseum.org/art/collection/search/23742

徳川美術館に所蔵されているもの、右側のものは弾弓として使用できるように見える。確認待ち。(大名の備え : 甲冑と武器(徳川美術館蔵品抄 ; 10))

【文字起こし】
弩は訓じて於保由美(おほゆみ)とす。又今石弓といふは誤レルなるべし。この物遠く神功皇后の制作に出で、中古、陸奥、出羽、壱岐、対馬、長門、因幡、伯耆、出雲、石見等の辺要の地に弩師を置き、常に教習はしめ給うと見えたれど、後代その制を失ひて、今は異朝の弩制に倣ひて作れりとぞ見えし。
【現代語訳】
「弩」の読みは「おおゆみ」である。今これを「石弓(いしゆみ)」と呼ぶのは間違いであろう。この道具は遠く神功皇后の時代に作られ、平安時代頃には陸奥や出羽、対馬など国境の重要拠点に「弩師(教官)」が置かれ、常に訓練が行われていた。しかし後代にその技術が失われてしまい、今作られているものは中国(異朝)の弩の形式を真似て作ったものである。
徳川頼貞氏寄贈の弩が東京国立博物館にある(F-16999)、ただし、写真は確認できず、問い合わせ中。


一方で、弩は武士のものだけではなく、庶民にも狩猟具・遊び道具として利用されていました。現存するものには鹿児島に伝わるデッキュ(ドッキュ)があります。
割り竹をスプリング状に合わせてあおのバネを利用した弩弓である。放し飼いの鶏や小鳥を撃ち獲るのに用いられた。台木は樫材で作られ,中央に矢をつがえて射たという。矢羽には樫の葉をつけた。ラオスのナァも同様のもので,鳥獣を撃つのに用いたものである。

弓の先っぽにカライモをつけて飛ばす遊びがあったらしい(笑)


『ガン・アーチェリー入門』,産報,1972. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/12146351 (参照 2026-02-04)
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